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名古屋高等裁判所 昭和28年(ネ)71号 判決 1955年12月24日

控訴人(原告) 宇陀健次郎

被控訴人(被告) 三重県知事

主文

原判決を取消す。

控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は当審に於て請求の趣旨を変更し、「原判決を取消す。被控訴人が昭和二十二年十月二日附三重県は第五七九五〇号を以てなした控訴人所有の三重県安濃郡草生村大字草生四千四百一番地の一田一反一歩、同所同番の二田十一歩、同所四千四百二十三番地の二田一畝九歩に対する買収処分の無効なることを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、原審において前記行政処分の取消を求めたが、右処分は買収適格要件を欠き法律上不能なことを決定したものであるから当然無効なるにより当審においては右買収処分の取消の請求を変更し、その無効であることの確認を求める。その理由を敷衍すれば、本件買収計画樹立当時における控訴人の草生村における保有小作地は田合計一反二十九歩であり、保有小作地と自作地の合計は田畑合計六反九畝二十八歩であるから三重県における法定保有地面積夫々七反歩、二町二反歩に比すれば遙かに及ばないのみならず、自創法により売渡を受けた元山口賢吾所有の田一反五畝二十四歩を加算しても合計九反六畝二十一歩に過ぎず、右法定面積を遙かに下廻る実情である。従つて、控訴人の保有小作地(原判決添付目録中(一)、(二)の農地は控訴人の小作地)を自創法第三条第一項第二号、第三号により強制買収することは法の建前上許されないところであり、況んや自作地(右目録中(三)の農地は自作地)を強制的に買収することは法律上不能のことに属する。若しも草生村における農地の平均化と民主的傾向の促進を図るため控訴人の保有小作地乃至自作地を買収する必要があるならばよろしく同法第三条第五項第七号(改正前の同項第六号――以下括弧内は省略する)に基いて買収の申出をなさしめるか、同法第二十三条による農地の交換又は同法第二十五条による賃借権、永小作権の交換をなすか何れかであるに拘らず、本件買収は同法第三条第一項第二号に基く強制買収処分をなしたものであつて明かに法の認めないところである。尤も此の点について、被控訴人は同法第三条第五項第七号による申出買収であると主張するが、草生村における他の者の申出買収並びに農地所有権、耕作地の交換については何れも買収申込書、交換申込書が村農地委員会に提出されているのに、独り控訴人の場合のみは此の申込書が提出されていないこと、村農地委員会長横山佐平より控訴人宛の昭和二十六年六月二十七日附草農委発第一〇号書類(甲第三号証)によつても明かな如く村農地委員会においては形式上強制買収として取扱つていること、県農地委員会より村農地委員会宛昭和二十六年八月九日附三農委第五五号書類(甲第五号証)により明かな如く、村農地委員会が本件農地を強制買収したことは明かに違法であり、当然無効たるべき行政処分であると責めていることにより、本件については控訴人の買収申出を得ることが難しかつたので強制買収手続を執つたものである。凡そ自創法第三条第五項第七号による申出買収については農地の所有者が市町村農地委員会に対し政府において買収されたき旨を申出ることが要件であつて、本件の草生村においても農地所有者は村農地委員会に対し買収申込書を提出して買収の申出をすることになつていたが、控訴人に関する限り未だ曾て村農地委員会に対し右書面を以ても又は口頭を以てもかかる申出をした事実はない。農地委員会を構成する委員に対し買収処分の内諾を与えた事実があつても、此の事実だけでは買収の申出が村農地委員会に対し適法になされたものとはなし難く、況んや、本件の如く村農地委員会の構成委員でもなく、又法令上根拠を持つ機関でもない補助委員の佐南友次郎が控訴人に対し「法律でそうなつているのだから」と言つて本件農地の買収申出方を押付け、控訴人も亦「法律でそうなつているのなら仕方がない」と不本意乍ら右申出をなすことを承諾したと言う程度では未だ以て適法な村農地委員会に対する買収の申出があつたと言うことはできない。かくて、本件農地に対する買収処分は形式的にも実質的にも自創法第三条第五項第七号の申出買収ではなく、同法第一項第二号の強制買収としてなされたことは明白である。法定保有面積よりも遙かに少い保有小作地並びに自作地しか所有していない控訴人からその保有小作地のみならず、自作地までも強制的に買収する本件行政処分は明かに同法に定める買収適格要件を欠くもので重大な瑕疵を内包するものであるから法律上当然無効たるべきものである。依て本訴において前記買収処分の無効確認を求めるものである。なお原判決事実摘示中「県農委においてはこれに対し何等の決定もしないのである」とあるを「県農委は昭和二十六年八月九日附宇陀健次郎陳情について(買収取消の件)と題する書面を以て村農委に対し昭和二十六年六月二十七日草生村農地委員会がなした決定理由が矛盾しており否決すべき理由のないものであるから再審議願いたいと要請したが、村農委は之に対し何等の措置もしないのである」と追加補訂すると述べ

被控訴代理人において、本件土地は自創法第三条第一項第二号による買収ではなく、控訴人が買収を申出たので同法第三条第五項第七号(当時は第六号)により買収したものである。自創法による農地改革に当り、或る小作農には多くの農地売渡があり、他の小作農には全然売渡がないか、又は比較的少いことが起り不公平なことになるので、出来るだけ自作農創設を適正公平に実施するため草生村農地委員会においても此の方針に則り買収計画を進めたものであつて、控訴人に対しては同人の借入小作地一反五畝二四歩を売渡す代りに同人の貸付小作地である本件四千四百一番地の一、二及び自作地である本件四千四百二十三番地の二を提供せられたい旨求めたところ、控訴人は之を承諾し、村農地委員会に対し正式に買収の申出をしたので、同農地委員会は買収申出書を徴しなかつたが、右申出に基き買収計画を樹立したのである。原判決添付目録(一)、(二)の土地が控訴人の小作地であり、(三)の土地がその自作地であることは認める。尚、控訴人は甲第三号証を以つて本件土地が強制買収せられた根拠とするが、それは同号証を誤読するものである。即ち、同号証に「昭和二十二年十月二日附を以つて自創法第三条第一項第二号ノ規定ニヨル買収ニ対シ同法第六条ノ規定ニヨル農地買収計画第二号ニ包含之ヲ承認」と記載せられているのは「自創法第三条第一項第二号による他の農地買収計画を包含(一括して又は共にの意)してたてた」と言う意味であると述べた外は原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

(証拠省略)

理由

控訴人が三重県安濃郡草生村に居住する自作兼小作農であること訴外草生村農地委員会が昭和二十二年九月二日控訴人所有の原判決添付目録記載の田三筆につき自創法による買収計画を樹立し、その後三重県農地委員会に於て之を承認し、同年十月二日被控訴人が右買収計画に基き、控訴人に対し買収令書を交付して、右農地の買収処分をしたことは当事者間に争いがない。

控訴人は右買収計画樹立当時三重県に於ける法定保有面積以下の自小作地を所有していたに過ぎないから何等強制買収される事由がないのに拘らず、村農地委員会は之を無視して、自創法第三条第一項第二号の強制買収による買収計画を樹立したものであり、之に基く本件買収処分は当然無効であると主張し、被控訴人は控訴人に於て本件農地の買収申出をしたので村農地委員会は自創法第三条第五項第七号(当時は六号以下同じ)により買収計画を樹立したものであるから本件買収処分は何等違法でなく無効ではないと主張するにつき按ずるに、本件に於て買収せられた前記目録農地の中(一)、(二)の二筆が控訴人の小作地であり、(三)の一筆がその自作地であつたこと当時控訴人は居村内に自作地六反九畝二十八歩、小作地一反二十九歩を所有していたことは当事者間に争いがないところであり、当審証人小川正信の証言(二回)によれば、三重県に於ける法定保有小作地は七反歩、自作小作地は二町二反であることが認められる。従つて、右農地三筆について自創法第三条第一項第一号乃至第三号により強制買収することは許されないところであり、若し右規定により買収計画を樹立し買収処分したとせば、之は違法たるを脱れないと言うべきである。

今、本件農地の買収計画樹立につき如何なる経過により如何なる自創法の根拠条文によりなされたかを考察するに、成立に争いのない乙第三号証の記載、原審証人横山佐平、同佐南友次郎、同宇陀勘之助、当審証人小川正信(一、二回)の各証言を綜合すると、草生村農地委員会に於ては同村における農地の平均化と解放農地の売渡の公平化を図るために、買収農地の売渡については売渡人の買受率を全小作地の平均五十六パーセントと定め、之を実施するために超過分に対して所有者よりの任意買収又は所有農地の交換分合の方法により所期の目的達成につとめる方針を立てた。控訴人は前記の通り自小作地合計八反二十七歩を所有する外に、訴外山口賢吾所有の田一反五畝二十四歩を小作して居り、右山口は不在地主であるため右農地は当然買収されるので、控訴人はその売渡を希望していたが、村農地委員会は之を全部控訴人に売渡すにおいては前記売渡基準率を超過するは勿論、同村の平均耕作反別六反歩を遙かに超過することになるので、控訴人に対し右山口賢吾の所有地一反五畝二十四歩を全部売渡す代りに控訴人所有の本件農地三筆合計一反一畝二十一歩の解放を勧め、任意に買収の申出をさせるという計画を立て、昭和二十二年七月頃控訴人居住部落の農地委員の補助委員佐南友次郎が控訴人方に赴き、控訴人に対し右趣旨を説明し、山口所有農地の売渡を受ける代りとして本件農地三筆の買収申出をなすべきことを慫慂し、その申出をなさしめ、右佐南に於て村農地委員会に之を口頭にて報告伝達し、その結果右農地の買収計画が樹てられたことを認めることができる。右認定に反する控訴人本人尋問の結果は措信し難い。

そこで右買収計画が自創法第三条第一項第一号乃至第三号によつてなされたか、又は同条第五項第七号によつてなされたかを考えるに、村農地委員会の専任書記であつて本件農地の買収に従事した証人小川正信は当審に於て「本件買収は一応申出買収である」とか「正式に言えば法第二十五条第六項による交換買収である」とか、或は「控訴人の分は強制買収の中に入つている」と供述し、村農地委員会長であつた証人横山佐平は原審に於て「控訴人の申出により買収する建前であつたが、条文を間違えて当然買収の条文を記載したものである」と供述し、その供述区々であつて帰一するところを知らず、各々本件異議申立後に於ける見解を示すに止まり、又何れの条項によつて買収計画を立てたかを示すべき適確な文書もない。甲第三号証の記載は被控訴人主張の如く解釈することは困難であり、矢張法第三条第一項第二号によつたことを現わすものと解すべきであるが、之は本件異議申立後に於ける村農地委員会の一見解を示すものと言うべきであつて、之を以つて直ちに買収当時の処分根拠条項と認めることはできない。又甲第五号の記載も亦異議申立後に於ける県農地委員会の見解を示したものと見るべきであつて、之を以つて本件買収計画が右条項によりなされたものと断ずることはできない。

右の如く各証言が区々であることと、本件農地買収計画につきその根拠条文につき項号にまでに亘つて之を示すべき明確な文書の存在していないこと、殊に本件農地の買収計画の議事録である成立に争いのない乙第一号証第二号証によれば、本件農地の買収計画は他の農地の買収計画と共に一括して買収計画承認の決議がなされ、その買収の根拠条文が記載せられていないことを綜合して判断すると、村農地委員会は法第三条の各項号に該当するものとして買収計画を立てたが、之が承認決議をするに当つては当該農地の各々につきその項号の何れによるか迄を区別しないで一括して買収計画承認決議をなしたものと言うべきである。勿論、一括して買収承認決議をしたと言つても、実質的に買収せらるべき要件を備えないときは違法の処分たるを脱れないが、実質的に法第三条の各項号の要件を備えていれば適法な買収計画処分があつたものと言うべきである。本件に於ては控訴人は自己の所有農地につき任意に買収の申出をしたものであるから、之を法第三条にあてはめて見れば正しく第五項第七号に該当するものである。従つて、本件農地の買収計画は具体的にその根拠法を示して処分していないが、法第三条第五項第七号により買収計画を立てられたものと言うべきである。

控訴人は法第三条第五項第七号の申出買収とするも、本件農地買収につき控訴人の買収申出の書面が提出せられていないと主張するが、本件買収申出につき書面が提出せられていないことは当事者間争いのないところであるけれども、申出買収につき書面によらなければ効力がない旨の規定がないから、口頭による申出も有効であると解すべきである。又、控訴人は村農地委員会の構成員でもなく、法令上の根拠を持たない補助委員たる佐南友次郎に申出をなすも買収申出の効力がない旨主張するが、原審証人横山佐平の証言によれば、佐南友次郎は村農地委員会の補助委員であり、村農地委員会は農地委員の事務を補助する機関として補助委員を置いたことが明かであり、補助委員なるものは法令上の根拠はないが、農地委員会も自己の責任に於てその事務を補助する機関を設けることが許されるものと言うべく、補助委員は農地委員の補助機関として農地所有者より買収申出の意思表示を受領し之を村農地委員会に伝達するのは一般に補助の範囲を出ない行為と言うべく、控訴人の買収申出を村農地委員会に伝達し、村農地委員会に於て受領したときは有効な買収申出があつたものと解すべきである。前記認定の通り補助委員佐南は控訴人の買収申出を受領し、之を村農地委員会に伝達したのであるから、右申出は適法にその効力を発したものと言うべきである。

尚、控訴人は右買収申出につき詐欺、強迫又は要素の錯誤があつた旨主張するにつき按ずるに、原審証人佐南友次郎の証言並に当審に於ける控訴人本人の尋問の結果によれば、佐南友次郎が控訴人に対し本件農地の買収申出を勧誘した際、佐南は「草生村の平均耕作反別は六反歩になつている。控訴人はそれ以上を所有しているから超過反別は買収される。法律によつてそうなつている」と申し向けたので、控訴人は「法律でそうなつているなら仕方がない」と思つて買収の申出をなしたことが認められるが、右佐南の証言によれば同人は自創法の規定はよく知らず、真実法律でそうなつていると思い、右の如く述べて勧めたものであることが認められるから詐欺の意思のないことは明かであり、又右言辞を以つて強迫とも称し難い。但し、佐南が右の様に説明したので、控訴人が左様に信じて買収の申出をしたからには同人に要素の錯誤があつたとも見られるが、之を要素の錯誤であると解しても、その申出により定められた買収計画までも当然に無効となるべきものではない。

以上の如く、見て来ると、結局、本件農地の買収計画は実質的に控訴人の買収申出に基き樹立せられたものであつて、之は自創法第三条第五項第七号に該当するものとして有効の処分であり、右買収計画に基く本件買収処分も亦有効であり、当然無効を以つて目的すべきものではないと言うべきである。

仍て、控訴人の本訴請求は失当とすべく棄却すべきものであり、原審に於て控訴人は買収処分の取消を求めたため、出訴期間経過後の訴として却下されたので当審と結果を同一にしなくなつたにより之を取消すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十五条、第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 北野孝一 栗田源蔵 伊藤淳吉)

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